アボカドの水栽培やってみるかな… リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 08, 2025 チャレンジしてみたいことの1つ野菜の水耕栽培。なんとなく食べたくなって、久しぶりにアボガドを買ってきた。アボカドの種って立派! これ、水耕栽培できないかGeminiに聞いたらできそう。まずはこれからやってみるかな。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
33年愛用してきたコートを捨てた 6月 17, 2025 思い出すなぁ~ このコートは、当時、総曲輪通りにあったタカキューで買った。徒歩通勤してた会社帰りにタカキューで服を買うことがしばしば。しばしば行くと、常連客みたいになって、いつも同じおねぇさんが対応してくれた。ファッションに無頓着な私にネクタイやスーツを選んでくれた。美人タイプじゃなくて、ちょっと東南アジアのエキゾチックタイプのお姉さんだった。 こんなに高いの?! ある時、そのお姉さんが「これ、絶対似合うと思ってたんやぜ!」とすすめてくれた。確か、10万くらいだったと思う。その時の自分には、服に10万なんて桁がふたつ多い!って感覚だった。でも、買ってしまった。今となっては、その時どんな心情で決断したか覚えていないが、北海道への社員旅行を控えていたのも一因だったのだろう。 このコートを買うまでは、バイク用のジャンパーが冬のアウターだった。買ってから20年くらいは、アウターとして毎年来ていたが、アオキで軽いやつを買ってからは出番が少なくなった。 お別れだ 急いで捨てる必要もないが、収納ボックスへ入れずにお別れだ。朝、写真を撮ってからゴミ袋へ入れてゴミ集積場所へ出してきた。何とも思わなかったが、今、こうして昔を想い起すとノスタルジックな気分だ。お姉さん元気にしてるかなぁ~。 続きを読む
暑いので髪をセルフカットした 8月 20, 2025 けっこう暑いのに慣れてきた 毎日、部屋の温度計は35℃を超えている。でも、不思議なものでエアコンなしで過ごしてきたら、けっこう慣れてきた。30℃なんて涼しいとさえ思ってしまう。でも、汗はかく。後頭部なんか、髪から汗滴がポタリ。そろそろ髪切るかなぁ~。 セルフカット歴は40年以上 髪はいつも自分で切っている。いつ頃からか…高校生からだ。丸坊主しばりの中学生から髪型自由な高校生になったところで、床屋の拘束から解き放たれた。当時はどうやってカットしていたか覚えていないが、「休日に床屋へ行かないといけない」「散髪が終わるまでじっとしていないといけない」拘束が嫌いだったので、たぶんハサミでチョキチョキしたんだろう。そう言えば、高校の長髪チェックに引っ掛かっていたっけ。 見えないところは手の感覚で 今は、バリカンとすきばさみを使ってカットしている。まず、バリカンを7mmにセットして、もみあげから耳の外周に沿ってカット。そして、耳の後ろから首のサイドを後ろへ向かってカット。もう一度、もみあげから額のサイドへ向かって刈り上げ。ここからは、すきばさみ。耳の上から後頭部の髪の量を手で確かめながらすいていく。 髪を洗って乾いてから、鏡で確認。厳密には濃淡がきれいではないだろうが、自分が思うほど他人は気にしないと思っている。 白髪が増えて、量が減る 髪が短くなると、白髪が目立つ。髪の根本の方が染まっていないからだろう。そのうち、頭のてっぺんあたりから荒涼とした草原になっていくんだろうなぁ。そのころまでに、超短髪が似合う風貌になっているといいが…。ダイエットがんばろう(;^_^A 続きを読む
忠義とは? ~「どうする家康」を見て~ 9月 08, 2025 「どうする家康」を再び観る 戦国もの大河ドラマが好きだ。アマプラで見れるので、毎日1話ずつ見ている。話は終盤にきていて、関ヶ原の一歩手前、伏見城の戦いに入るところだ。 大阪で政治を統治する家康が、上杉景勝の討伐に会津へ向かう留守を家臣の鳥居元忠に任せるのだが、少ない兵で伏見城の守りを引き受ける言葉にじ~んとくる。その前のシーンで、家康は、石田三成が静かに暮らしている様子を聞いて安堵していながら、自らが出陣して大阪を空けることに不安を感じ、最も信頼できる家臣を選択する。主君と家臣の信頼が美しくて感動するのだ。 「徳川家臣一の忠義者、この元忠が殿のお留守をお預かりいたします」 Wikiを見て鳥居元忠をおさらいしてみた。元忠は、家康が今川家の人質だったころから側近として仕え、大河ドラマに出てくるほとんどの合戦で戦っている。ドラマでは家康よりずいぶん年上に見えるが、3歳くらいしか離れていない。松平家臣としての生まれながらの宿命を家康と苦難を共にすることで、主君への忠節が生きがい・人生の終点として全うしたと受け取れる。 この時代の忠義とは? 命のやり取りで統治する戦国時代は終わり、この時代の忠義は、どこかに残っているのだろうか?サラリーマンを引退した自分は、戦国時代の農民以下の庶民である。主君などと呼ぶ存在はない。サラリーマン時代も社長や上司を主君と呼ぶわけがないが、ちょっと忠義っぽいものがあったとしたら、上司の戦略を後押ししたくらいだろうか?でも、これは「忠義」にあてはまらないな。 政治や自衛隊など、縦社会が濃いところでは、忠義の心を持つ人がいるのだろうか?なぜか、美しい忠義が想像できない。美しい忠義は不要な時代になったのだろうか? 続きを読む
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